セミリタイアはゴールではなく、スタートである。

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ライフスタイル

ここ数日仕事が嫌すぎてメンタルがだいぶ沈んでいました。

「もうこんな会社やめてやる」と思いましたが、現在の配当金のみで生活していくことはさすがにリスクが高すぎると判断しました。ただ、だらだらと仕事を続けていても仕方ないので、支出を抑え、月々の入金力を少しでも高めようと決心しました。

仕事が辛い、辞めたいと思っている人にとっては「セミリタイア」「アーリーリタイア」が目標・最終ゴールになっている人は多いのではないでしょうか。

しかし、そうではないと私は思います。

結論を言うと「リタイアは第二人生のスタート」であると考えています。



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セミリタイアはゴールではない?

多くの人がセミリタイアをゴールに設定しがちです。(という私もセミリタイアする日ばかりをイメージしていますが・・・)

一日でもはやく仕事から解放されたい、人間関係や疲労から解放されたい。

ストレス社会ですし、そう感じてしまうのはごもっともです。

しかし、忘れてはいませんか。人生の目的を。

人生の目的は人それぞれ違うと思いますが、「人生を充実させる」ことは多くの人に当てはまるのはないでしょうか。

「人生を充実させる」ことはセミリタイアをすることで達成されるとは思えません。

あくまでセミリタイアは人生を充実させるための時間を作る「手段」であると考えます。

だから、セミリタイア後に何をして人生を過ごすのか考えておく必要があります。

死ぬまでにやりたいことリストを作ってもよし、ずっと我慢してきたことをやってもよし、です。

ただ、気を付けなければならないことは「それらは数日、数年で終わってしまう可能性が高く、その後が空白になってしまう」ということです。人生の計画が超大切ってことですね。

ちなみに私は「農業をして早寝早起き生活」「近所のじいばあや子どもが来やすいちょっとしたカフェをやる」ことをやってみたいなと思っています。

人とかかわることは私の中で重要度は高いです。さみしがり屋なので。



セミリタイア(アーリーリタイア)はもう一つの人生のスタートである。


仕事=悪 ではない

セミリタイアを目指す人にとっては仕事というものは悪そのものである、ととらえている人もいるかもしれません。

確かに労働の対価として賃金を支払ってもらっています。中には命を削った対価に給料をもらっている感覚の人もいるかもしれません。一人ひとり境遇が違うので一概には言えませんが、私は仕事は嫌な存在であるとともに、自分を成長させてくれる機会でもあると考えています。

仕事という名目でたくさんの経験をさせてもらっていることは事実です。出張で遠方に新幹線や飛行機で遠方に行ったり、山に登ったり、そして出張先で人との出会いがあったり・・・。

だから、私は仕事に対して「賃金をもらいながら微々たる社会貢献をする環境を与えてもらっている」という見方もしています。無職の人一人では難しいことも会社に所属していれば経験できる・社会貢献できます。

定年という一定の年齢までやることが課せられている。ほかの生き方を知らずに仕事に打ち込む人生、そういう人はある意味羨ましいと思います。きっとその人は愚痴を言いながら夜酒をのんで、人生を充実させていると思うからです。(偏見ですね。はい)


まとめ

今若者を中心にFIREブームが起こっていると思います。9月に始めたツイッター上でも資産運用でセミリタイアを目指している人が思っていたよりも多く存在していました。

ツイッター上でたくさんの人の発言をみて「セミリタイアがゴールになっている人が多いな」と感じました。きっと私も意識するまでそのうちの一人だったと思います。

人生の目的を再認識して、目的を達成するための見通しをもった計画が大切です。

社会とのつながりを断ったり、人とのつながりを断ってしまうと寂しい人生になってしまうのでつながりは大切にしていきたいものです。



life is wonderful.


人生の目的が見つかる魔法の杖 [ 西田文郎 ]

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